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EPISODE of J.S.

長らく学生サッカー界に身を潜めていた某グローバルメーカーの新人営業マンによる人生探訪録(心身整理)と備忘録(記憶整理)を軸とした昇華ブログ

現代ビジネスパーソンが学ぶべきクライフ哲学(前編)

Column
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どうも。
J.S.(id:dynastywarrior)です。
ブログ引越1発目という神聖なスタートは、この方の伝説から学び得るポイントを展開していきたい。

 

皆さんはヨハン・クライフという人物をご存知だろうか?
 

"Flying Dutchman(空飛ぶオランダ人)"、"El salvador(救世主)"、"スパイクを履いたピタゴラス"などの二つ名を持つ彼は、現代サッカーの父として、選手時代および監督時代共々において、多くの偉業を成し遂げ、フットボール史に永遠に名を刻める伝説のfootballerである。

日本時間2016年3月24日木曜日、スペインから帰国し、翌日に母校の卒業式を控えていた私は、イギリスBBCのクライフ永眠のbreaking newsを目の当たりにした。誤報かと思ったが、瞬く間にその真実は明るみになってきた。

彼の印象的な発言や思考から、我々現代ビジネスパーソンも学ぶべきことは随所にあると私は考える。

 

今回、彼の死を追悼する形で発行されたサッカーマガジンZONE(ベースボールマガジン社)5月号増刊にて、英国スポーツ記者界の重鎮David millerの追悼文として、クライフが当時のサッカーに対して"どんな想いを持っていたのか"を窺える内容が含まれており、その部分を引用する形で紹介し、彼の哲学を括目してほしい。

 

ピッチのピタゴラス

自身の理想がバルセロナ伝統のスタイルとして根付く頃には、サッカー界の風潮に苦言を呈してもいた。
「私に言わせれば、サッカーは魅力を失いつつある。原因は3つ。1つは平均的な技術レベルの低下。2つ目は、ユース時代から選手をがんじがらめにする育成。そして、勝つためには手段を選ばないような戦い方を黙認する審判の在り方です。ボールコントロールやパスの精度が落ちていて、ポゼッションがチームに不利になるとさえ思えるほど。だから、テクニックではなく、フィジカルやフィットネスで勝ち負けが決まってしまう。もっとボールを持ってプレーすることを選手に意識させるべきです。選手を肉弾戦や神経戦のようなピッチ上から解放しなければなりません。ひたすらGKへのバックパスを繰り返すようなチームを審判が罰せられるようなルール改定も必要ですね」…追悼文『ヨハン・クライフという伝説』より

 

この記事のクライフの発言から我々が学べることは何か?

ダイナミックかつ流動的なポジショニングによる全員攻め、全員守りの戦法を組織戦術化した「トータルフットボールの体現者であるクライフにとって、この発言の意味するところは、ビジネスパーソンにとっても非常に有意義なものである。

 

私は以下のように解釈し、まとめている。

ビジネスパーソンとして必要なこと

①平均的な基礎技術レベルの向上

Excel、Word、パワポ、プレゼン技法、コミュニケーションスキル.etc....

②若いころから社風や商慣習に囚われるな

もっと自由な発想で、縦横無尽に動くべき

③勝つためには手段を選ばないような戦い方をするな

勝ち方・負け方に「美しさ」を追求すべし

 

①については、もはやビジネスパーソンとしては基礎スキルとなる事柄ばかりになるが、されど、当たり前すぎて蔑ろにされやすい分野だ。例えばExcel操作などの情報処理能力に長ける人、長けない人では時間対効果に大きな差が出始める。組織として業務を遂行する上では、就業時間中(※もちろん休憩時間中は除く)の1分1秒は無駄にできない。

サッカーにおいても、まさにその通り。例えば対面で2タッチだけのインサイドパスの練習は、基礎中の基礎である。しかし、当たり前すぎで、慣れてしまえば、ただそのインサイドパス練習をこなしているだけになってしまう。大事なのは、意識して更なる向上に繋げているように取り組んでいるかどうかだ。ただ何も考えずにインサイドパスするのではなく、「このぐらいの力でパスを返すと、受け手にとってはプラスかマイナスか?」や「受け手の利き足だけではなく、何回かに1回は逆足にパスを返してみるとどうなるか?」などの変化球はもちろん、「同じ足同士で、同じパスコースで、同じ力加減で、100本やってみる」みたいな直球なものまで、一見地味な練習でも、考え方や認識を変えるだけでバリエーションは豊富になり、結果的に自身の技術向上に繋がることになる。ただ勘違いしてはいけないのは、リフティングが100回、1000回できたとしても、それが基礎技術の向上であると定義してはいけない。実践の場において、1つのパスをできるだけ少ないタッチ数で送り出し(※できればワンタッチ)、適切なスピード感で、受け手のやりやすい方向の足(※あえて利き足とは定義しない)に出せるようになって、初めて基礎技術の向上である。

要するに、excel操作1つにしても、プレゼン技法1つにしても、効率的な行程かつ適切なタイミングが伴う基礎技術の向上を念頭にこだわっていくべきではないか、ということである。その心は、会社にとっても、自分にとっても、相手にとっても、間違いなくプラスでしかないからだ

 

②については、今まさに成熟した諸般の体制に一石を投じる行いだ。もちろん、社風や商慣習のなかには、良いものもある。それは今後も養うべきだ。しかし、白色無地のキャンバスボードであるユース世代、つまり新入社員の立場である人間が、最初から受け身で全てを享受する行為は、後々、痛いことになる。

「何のために新入社員としての肩書を背負って入ってきたのか」を考えれば一目瞭然だ。新入社員の立場であるうちは、いずれ然るべき立場に到達した際の判断力・認識力を衰えさせないために、渦巻きの如く、ダイナミックな発想の下で破壊的なイノベーションをも起こす新進気鋭の姿勢を示すべきだ。

何度もチャレンジし、失敗と成功を繰り返すなかで、❝ビジネスの地図❞を完成させて、トータルフットボールのような全員攻撃・全員守備という複雑かつ流動的で強力な戦術が出来得る力を担っていこう。

 

③については、まさにクライフ哲学の象徴である。彼の著書「Win beautifully(美しく勝利せよ)」の言葉通り、美しく勝利することが求められている。もちろん、負けてもいい試合などあるわけがない。勝つための戦術は状況に応じて多種多様に存在するが、「勝てる」からといって、その全てが価値あるものとは限らない。勝敗のなかにValueが含まれているか否かである。「下手な試合をして勝つくらいなら、良いプレーを実践して負けた方がいい」という彼の思想が際立つ極論の意味するところは、プロフェッショナルとして次に活かそうとする姿勢と、エンターテイメントとしてのフットボールにおいて観客を楽しませようとする意識の表れではないか。

私たちビジネスパーソンは、何事においても、その1つ1つのビジネスアクションにおいて、次のアクションの向上に努められるような課題捻出と反省を繰り返さなければ、洗練されてはいかない。そして、会社を取り巻くステークホルダーの皆さまが喜び、納得するような結果と過程を出さなくてはいけない。

クライフ哲学が色濃く刻まれているスペインのFCバルセロナでは、たとえ試合に勝てたとしても、内容が伴わなければブーイングの嵐である。私たちビジネスパーソンは、半ば顧客やステークホルダーというのはそういうものなのだという仮の認識を持った上で、中身も結果にもこだわっていくべきだ。

 

以上3つのポイントに触れてきたが、はっきり言って、彼の考え方は独創的で、一見極論にさえ思えてくる。しかし、確かなのは、彼はトータルフットボールの体現者であるということだ。

繰り返しになるが、トータルフットボール理論では、ピッチ上の選手全員に、流動的な攻撃と守備が求められている。今日、各人の特性に応じた適材適所での分業とは真逆の理論である。どちらが正しいのか、どちらが有効なのかという議論は今回は一旦控えさせてほしい(※じゃないと本論から大きく逸脱するからだ)。

ダイナミックかつ流動的なトータルフットボールでは、ひとりひとりのプレイヤーに高い技術力(※総合力の方が正しいかな?)が求められる。宮本武蔵五輪書にある「己に勝ち、味方に勝ち、敵に勝つ」という勝利の精神にもある通り、まずは個人レベルでの技術向上・成長が伴わなければ、いずれ敵にも勝つことはできないのだ。

その点も含めて、我々はこの激動のグローバル市場において、荒波に挫けぬ様、毅然とした態度で臨むべきではなかろうか。

(後編へ続く)